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2007年9月30日 (日)

軌跡

さて。
気がつけば早いもので、もうすぐ10月である。
だんだん夜が長くなってきて感慨深いものもあり、しばらく更新サボってたことも踏まえて、秋の夜長にかこつけた自分語りでもしてみよう。

父親がかつてはバイク乗りだったこともあり、幼少の頃、実家のガレージにはバイクが置いてあったことを記憶している。
もっとも、当時の父親はすでにバイクを降りた後で、そのバイクが実際に稼働し走っている姿を見ることはなかったのだけれど、父親がかつて被っていたヘルメットがそのまま残されていて、よくそれを被って遊んでいた。
(BELLあたりが売ってそうな、今でいうとレトロ調のものである)
さらに祖母がパートに働きに出る際にカブに乗って出勤していたこともあり、バイクに乗らない人がバイクに抱くマイナスのイメージはほとんどなかったと言っていい。
思えばこれが自分のバイクに対する原風景なのだろう。

そのバイク達もいつの間にかガレージから姿を消し、時は流れ21世紀になり。
実家から少し離れて大阪に住み、そこで就職し、特にバイクと触れ合うこともなく生活を営む。
当時の自分の交通手段はチャリであり、市をまたいで遠出するようなことはほとんどなかった。
(ただ、年に一度チャリで実家まで帰るチャリ旅行はやっていた。)
大学時代の友達の車で遠出するようなことはあったが、それもせいぜい年に一回あるかないか。
今考えると、実に狭い世界である。(もちろん、今でもまだまだ狭いわけだが)
仕事の関係で普通車の免許は取ったけど、車を買う金もなく、買ったところで駐車場もなく。
今思えば、何を考えて生活していたのやら。

そして、ターニングポイントがやってくる。
会社の同僚に、バイク乗りが増えたのだ。
スクーターではない本物のバイクである。
二十ウン年ぶりに見たそのバイクは、ちょっとボロかったけど、昔の憧憬を思い起こさせるには十分で、車より高燃費なうえ置き場所も(当時は)選ばない乗り物は、とてつもなく魅力的に映った。
それからまもなく、職場がバイクに対して寛容だったということもあり、バイクの免許を取りに行くことにしたのである。

さて、気の早いB型気質の自分は、教習所の卒業を待たずに卒業後に乗るバイクの物色を始めていた。
なんともお恥ずかしい話だが、当時の自分は「いつかはハーレー病」の患者であった。
二輪教習に通い始めるまで、バイク雑誌すらろくに見たことのなかったバイク初心者だというのに、ハーレーの名前は知っていて、かつそれが大きいバイクの代名詞だと思っていたのである。
まさに恐るべしハーレーダビッドソン。
アメリカの荒野を悠然と走るスタイルが純粋にかっこいいと思えた自分は、まず一番最初のバイクをアメリカンタイプのものにしようと考えた。
金銭面を考えると、車検のある400ccは選択できない。
250クラスのアメリカンを調べて目についたのが、まずマグナだった。

つづく、、、かもしれない。

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